総合診療部について

総合診療部 統括部長 窪田 満
基本情報
総合診療部のビジョン「Until Every Child Has a Smile」
国立成育医療研究センターの前身の国立小児病院では、臓器系統別の診療科のみで、総合診療部は存在しませんでした。2002年3月に5番目のナショナルセンターとなった国立成育医療センターは、専門診療科とともに総合診療部を新設し、両者が車の両輪のように診療を推進し、特殊な病態を持ったこどもたちのケアだけではなく、こどもの問題全般にかかわり、社会の将来を担う者すべてに開かれた医療を行う、という理念を掲げました。開院時、総合診療部は小児期診療科、思春期診療科、成人期診療科という年齢別の構成に救急診療科を加えた4科体制でスタートし、2016年度から総合診療科、救急診療科、在宅診療科、緩和ケア科の4科体制となり、2023年度から救急診療部が独立し、3科体制となりました。
さて、話は変わりますが、ボストン小児病院のロゴには、「Until Every Child Is Well」と書いてあります。「すべてのこどもが元気になるまで」、確かにその心意気はすばらしいと思います。当センターでも最高のレベルの高度医療を提供しており、特に専門診療科には「Until Every Child Is Well」という気概があると思います。
しかし、病気が治癒するという結果のみが重要なわけではないと、私たちは考えています。元気なこどもでも、高度な医療を必要としているこどもでも、慢性の疾病を抱えて生きていくこどもでも、医療的ケアが必要なこどもでも、生命の危機に直面しているこどもでも、「どのような状況にいるこどもであっても、笑顔でいられる」ように、患者とその家族を中心とした暖かい医療、質の高い医療を提供することを目標に掲げたいと思います。私たちは、こどもを主語として考えています。そして、常に多職種連携のチーム医療の中心にいて、高度先端医療を支えています。こどもたちやそのご家族と向き合い、寄り添い、共に考え、こどもたちの笑顔のために真摯な態度で取り組んでいきたいと考えています。私たちは、チーム全体で、その患者さんの最善の利益を求めていこうと、そしてそれに責任と誇りを持とうと思っています。それが「成育品質」であると考えます。
総合診療部のミッション
よく「全人的な診療」という言葉を耳にしますが、それはあまりにも漠然としていますし、こどもが病気になると言うことは本人のみの問題ではないので、「全人的」という言葉もふさわしくありません。私たちは図のように、こどもが病気になったことで生じるWell-beingの変化をサポートすることをミッションと考えています。
こどもが病気になった際に、こどもだけ、ましてや病気だけ診ていても、こどもや御家族は幸せになれません。Well-beingとはBio-psycho-social(身体的・精神的・社会的)に良好な状態にあることを意味する概念で、「持続する幸せ」を指します(Happinessは感情的な短い幸せを指すと言われています)。もちろん、こどもの病気は本人にも、家族にも身体的・精神的・社会的な影響を与えます。しかし、それは不幸になると言うことではなく、違う幸せの形に変化するのだということを、私たちは患者さんと御家族から教わってきました。在宅で人工呼吸器を使っているような患者さんのお母さんが、楽しそうにこどもとの暮らしをお話しするとき、「新しいWell-being」が再構築されたのだと実感します。
私たちには、疾患(Bio)をしっかりと理解するのは当然ですが、それに加え、患者さんや両親、兄弟の思い(Psycho)を共感を持ってお伺いし、こどもが病気になったことによる生活の変化、社会との関わりの変化(Social)にも対応することが求められています。疾患の理解のみならず、患者家族を統合的に理解することを基盤として、自分たちの力を結集し、新しいWell-beingの再構築をサポートするのが総合診療部のミッションです。
総合診療部のバリュー
総合診療部のバリューは、「どんな患者さんでも診療する」という積極的な受け入れがその中核です。
① 診療
- 一般的な急性期疾患の診断、治療(急性気道感染、気管支喘息、川崎病、尿路感染症等)
- 高度先端医療のサポート(呼吸管理や栄養管理)
- 医療的ケア児への包括的診療
- 緩和ケアや看取りの医療への取り組み
- こどもの虐待への対応
- 健やかなこどもの「生活」と「育ち」のサポート(発達、育児、傷害予防への取り組み)
こどもとご家族の笑顔を奪わないように、私たちは、「どんな患者さんでも診療する」という行動指針を掲げています。診療を断らず、他人に押しつけず、「自分たちが診ることがその児と家族にとって最善である」と言えるような医療を目指しています。病棟の重症度は増していますが、専門診療科との連携の中で、高度先端医療をサポート(呼吸管理や栄養管理)しつつ、急性期の入院患者、NICU・PICUからのハイケア児、医療的ケア児、重症心身障害児まで、幅広い病態の患児に対して、治療のみならず、身体発育・栄養・食育・神経発達・行動発達・家族指導・育児指導の面からサポートしています。また、どんなこどもでも家族と共にいることが、笑顔になれることだと考え、医療的ケア児、重症心身障害児に関する地域との連携が在宅診療科の努力で徐々に成熟してきています。一方で、現代の医学でも救命できず、死に至るこどもたちがいます。がん、非がんを問わず、小児の緩和ケアや看取りの医療は重要な領域であり、緩和ケア科が胎児/新生児から思春期の患者まで、全病院を対象に活動しています。こども虐待への対応は、日本の多くの小児科医にとって苦手な分野だと思いますが、この問題に積極的に取り組むことで、当院の対応マニュアルを参考にしたいという問い合せが後を絶ちません。最後に、健やかなこどもの「生活」と「育ち」のサポートをするために、以前から「成育健診研究センター構想」を持っていたのですが、2024年度から「成育5歳児健診」のパイロット研究をスタートさせました。理想的な5歳児健診のモデルとなるように取り組んでいます。
なお、私たちは「働き方改革」への対応(夜勤の入り明けには帰宅しなければなりません)もあり、一人のお子さんに複数の医師が関わるチーム制で対応しています。チーム内の連携をしっかりと構築することで、緊急時の対応や多角的な視点での診療が可能となり、医療の質の向上にもつながっていると考えています。
② 教育、研究
- 小児科レジデントを含む若手医師への教育、協働
- 臨床研究の推進
- 国内外の学会への参加と英文誌への投稿
経験した貴重な症例を通して小児科レジデントを教育します。また、臨床研究を小児科レジデントと共に行い、学会で発表し、論文を書きます。できれば英語で論文を書き、国際学会において英語で発表することを推奨しています。当センターは、そのためのサポートも整っています。リサーチマインドを持つことで、患者さん一人一人をしっかりと診ることができますし、成果を還元することもできます。
③ 情報発信
- 総合診療の視覚化、役割の明確化と、評価するアウトカム指標の開発
- 地域連携、他の小児病院との連携の推進
- 医療以外の福祉、教育分野との連携
こどもにとっての最善の医療を求めるため、他の病院やクリニック、院内の他の診療科の先生方と積極的に連携しています。成人期の患者さんに対しても、どこで診療するのが最善なのかを考え、成人移行支援を行っています。自分たちの都合や思いで診療を継続したり、無理な転院を試みたりするのではなく、患者と家族を中心にした医療を心がけています。その結果、私たち以外での診療の方が最善であるという結論が出ることもあります。その場合は、きちんとご理解いただいた上で、他の診療科や施設に紹介させていただきます。最後に、こどもと家族、社会の問題は、こども虐待や貧困の問題を含め、医療に大きく陰を落としています。小児病院の総合診療部として、医療以外の福祉、教育分野とも連携をとり、その解決に向かっていきたいと考えています。
Hyper Generalist
上記の医療を展開するために、私たちは、「Hyper Generalist(高いレベルの総合診療医)」になりたいと思っています。当センターの総合診療医に求められるものは、以下の「SAT」に代表される資質であり、私たちは、それを求めていきたいと思っています。
- Skilled General Pediatrician:複合的な問題を抱える児に対し、専門科にコンサルトしつつ、臓器を超えて全身的に疾患を治療し、虐待などを含む各種問題や看取りの医療にも取り組んでいく「スキル」を身につける必要があります。
- Academic General Pediatrician:アカデミックなリサーチ(研究)・マインドを持った総合診療医になりたいと思います。後述しますが、日本の小児科から発信される質の良い臨床研究が少ないと考えています。リサーチ・マインドは患者さん一人一人を真剣に診療することに繋がり、「良い医師」に繋がっていくと思います。
- Translational General Pediatrician:トランスレーションは、本来、「翻訳」という意味ですが、ここでは「距離を縮める」という意味で使っています。研究と臨床の距離、各診療科間の距離、入院治療と在宅治療の距離、小児科と成人科の距離、そして患者さんと医療者の距離、そういった距離を、縮められる存在になりたいと思っています。
臨床研究と臨床教育
上記のHyper Generalistを目指す上で、臨床研究と臨床教育が大きな部分を担うことになります。
これは小児科だけの問題ではないのですが、我が国は基礎医学では世界をリードしていますが、臨床医学はそう言える状況ではありません。私たちは、日本の小児科から良質の臨床研究が発信されるような状況を作っていく必要があります。臨床研究とは、決して製薬会社主導の新薬の大規模な治験ばかりではありません。日常臨床の中から的確にクリニカル・クエスチョン(以下CQ)を抽出し、それに答えるために、いかに臨床研究をデザインしていくかが重要だと思います。今までの日本の研究は、細胞やマウスで行った研究を、ヒトに応用していくというベクトルでした。臨床研究のスタートラインを「患者さん」にしなければ、日本の臨床研究は行き詰まると考えています。日常的に遭遇する疾患・病態に関する良質のCQに基づいた、臨床に即還元される臨床研究、つまり、Patient-centered outcomes research(患者中心の結果をもたらす研究)を目指したいと思っています。
では、どうすれば良質のCQを得ることができるのか。それには、良質の医療を展開する必要があります。常に自分の医療に関して自問自答し、正しいかどうかを確かめ、間違っていたら修正する作業を繰り返さねばなりません。その中で解決できない疑問がCQです。先輩に言われるがままに風邪薬を処方し、抗菌薬を投与しているその姿に、良質の医療は感じられません。真摯に考えるには、真摯に患者さんに向き合う必要があります。当センターの医師には、その真摯さが備わっていると思います。
若手医師への臨床研修の要点は、心理的安全性を担保して、その真摯さを保持できるような環境を作り、患者さんに学びながら、病態を解明すると共に、考え方そのものを若手医師に伝えることだと思います。良質の臨床研修ができれば、そこに常に真摯に考える良質の医療が生まれます。その中から生まれたCQは、良質の臨床研究に結びつきます。それを世界に発信したいと思っています。
その臨床研究を行うにあたって、「診療情報」を使用します。診療情報は、診療により記録された情報や検査結果などを指し、治療のために使用することが原則で、個人情報として厳密に保護する必要があります。これを臨床研究や医療者教育、または診療の質の評価や医学啓蒙活動のために用いることがあり、それを診療情報の二次利用といいます。私たちは、こどもさんやご家族のプライバシーに十分に配慮し、診療情報の二次利用を行っています。二次利用を行う主な診療情報は、診療録(カルテ)、画像検査(レントゲン写真・CT・MRI・超音波検査・内視鏡検査など)、検体検査(血液検査、尿検査、培養検査など)などです。二次利用は上記の目的のみに限定し、患者個人が特定できないようにさせていただいています。
より良い日本の小児医療をめざして
こどもの健全な成長を後押しするため、「成育基本法」が2018年12月8日に成立しました。そして、成育基本法の規程に基づき「成育医療等基本方針」が閣議決定され、2023年4月には「こどもまんなか」を掲げた「こども家庭庁」が設置されました。
その中で、今の日本の小児医療における最大の問題は急速に進行する少子化といって過言ではないと思います。こどもが減ったことで、新型コロナウイルスの世界的流行以降、小児医療機関の赤字体質は加速度を増しており、このままでは人件費率が高く、人手がかかる割には収益が少ないことを理由に、小児医療を切り捨てる総合病院が増加すると考えられます。このような状況の中、「どのような状況にいるこどもであっても、笑顔でいられる」国であり続けられるか、そこが問われていると思います。
そのために重要なことが二つあります。一つは、診療報酬体系の見直しを含めた、安心感のある小児医療を保証するための国としての政策です。そして、もう一つの重要な柱が、私たち小児科医の姿勢です。私たち日本の小児科医は、当院総合診療部に限らず、真摯に小児医療に取り組んでいます。その中で、様々な小児医療のあり方を「成育品質のモデル」として、責任を持って発信していくことが成育総合診療部の役割だと考えています。そうすることで、日本中の小児科医に、御自身が行っている小児医療に自信と希望を持っていただければと願っています。そして患者さんやご家族と一緒に考えることで、「どのような状況にいるこどもであっても、笑顔でいられる」国になるように、私たちも努力していきたいと考えています。
医療従事者の方へ
小児科レジデントの募集は教育研修部のページをご参照ください。
総合診療部のスタッフも増やしたいと考えております。就職の希望がございましたら、まず、御一報いただければと思います。
総合診療部でなるべく長く一緒に仕事をさせていただきたいところですが、ここで学んだ後に総合診療を極めるために在宅医療機関や市中病院に就職されても良いし、根底から仕組みを変えるために行政に進出しても良いと思います。連携大学院制度を利用して希望する大学院を受験しても良いと思いますし(多くのスタッフが社会人大学院を卒業して修士、博士を取得しています)、基礎系、社会医学系に興味があれば、国外へ留学しても良いし、日本のトップリーダーである当センターの研究所での研究に従事しても良いと思います。また、子育てのためにワークシェアリングを選択することもあると思います。それぞれの目標と人生にあった選択が可能ですし、そのすべてを、総合診療部として応援していきたいと考えています。