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小児急性リンパ性白血病における6-メルカプトプリンのオーダーメイド医療の手法を確立

最新のゲノム解析技術を用いることで、小児がん治療のオーダーメイド医療に貢献

国立成育医療研究センター 小児血液・腫瘍研究部の研究チーム(加藤元博室長、辻本信一研究員、大隅朋生研究員ら)は、聖路加国際病院および米国St. Jude小児病院との国際共同研究を通じて、小児急性リンパ性白血病の治療に用いる抗がん剤「6-メルカプトプリン」による副作用の起こりやすさに関連するNUDT15遺伝子の多型を詳細に解析する手法を確立しました。


これは、小児に限らず全世代の個々の患者さんの体質に応じて6-メルカプトプリンの投与量を調整し、過剰な副作用を回避することで、より安全で有効な治療を行うことにつながる成果です。


原論文情報
  • 著者:Shinichi Tsujimoto, Tomoo Osumi, Meri Uchiyama, Ryota Shirai, Takaya Moriyama, Rina Nishii, Yuji Yamada, Ko Kudo, Masahiro Sekiguchi, Yuki Arakawa, Masanori Yoshida, Toru Uchiyama, Kiminori Terui, Shuichi Ito, Katsuyoshi Koh, Junko Takita, Etsuro Ito, Daisuke Tomizawa, Atsushi Manabe, Nobutaka Kiyokawa, Jun J Yang and Motohiro Kato
  • 論文名:Diplotype analysis of NUDT15 variants and 6-mercaptopurine sensitivity in pediatric lymphoid neoplasms
  • 掲載誌:Leukemia impact factor (2016): 12.104

プレスリリースのポイント

  • 小児急性リンパ性白血病や小児リンパ腫など治療に用いられる抗がん剤の一つである6-メルカプトプリン(6MP)は、個々の患者さんによって薬の効きやすさが異なり、患者さんによっては副作用が強く出すぎることで重篤な感染症や治療の中断の原因となることが問題となっていました。このような6MPによる副作用の起こりやすさには、その代謝に関わる酵素であるNUDT15遺伝子の多型が関わることが報告されており、特にアジア人でその役割が重要であることがわかっていました。
  • 本研究では、NUDT15の遺伝子多型を正確に調べる方法を確立し、遺伝子多型の組み合わせと6MPによる副作用の関係を詳細に示しました。これにより、6MPによる重篤な副作用を起こしうる患者さんをあらかじめ予測することが可能となり、患者さんの体質に応じた最適な投与量を推測・過剰な副作用を回避した安全で有効なオーダーメイド医療を提供することができます。
  • 今回の研究成果は、小児のみならず成人の急性リンパ性白血病にも応用が可能です。さらに、クローン病(※指定難病対象疾病として指定される炎症性腸疾患のひとつ)に用いるアザチオプリンの副作用についても、同じようにNUDT15遺伝子の多型が関係していることが知られており、より広い範囲の患者に役立つ成果です。現在、NUDT15遺伝子の多型検査は体外診断薬の開発が進んでおり、実際の診療で広く応用が可能になることが見込まれています。

背景・目的

我が国では年間に2,000-2,500人ほどの小児が悪性腫瘍(小児がん)と診断されています。小児がんの治癒率は治療研究の進歩により向上していますが、いまだに小児期の病死原因の第1位です。中でも小児急性リンパ性白血病(ALL)は、最も頻度の高い小児がんであり、年間約500人が新たに診断されます。
小児ALLの治療成績は、様々な抗がん剤を組み合わせて行う多剤併用化学療法により向上し、その治癒率は80%を超えています。治療に欠かせない重要な薬剤の一つとして6メルカプトプリン(6MP)があり、その有効性は様々な臨床研究で報告されています。しかしながら6MPには、個々の患者さんによって効きやすさがおおきく異なるという問題が知られています。体格や体重などから投与量を設定しても、ある患者には効きすぎてしまい、ある患者には効果が不足してしまいます。実際には、おおまかな量で投与をしてみて、副作用である骨髄抑制の程度で量を増減することで調整を行っていました。しかし、効きすぎる患者には過剰な副作用が起こってしまい、骨髄抑制(注1)に伴う白血球の減少をきたし、重症な感染症を発症することや、治療を中断せざるを得ないことがあります。
近年の遺伝子解析の進歩により、遺伝子多型(注2)により薬剤を体内で代謝・分解する効率が異なり、遺伝子多型の有無がそれぞれの患者さんの副作用の起こりやすさと関連することが知られるようになりました。6MPにおいても、その代謝に関わる酵素の遺伝子の多型が副作用の程度に関連していることがわかってきました。
先行研究により、6MPの効きやすさにNUDT15という遺伝子の多型が関与することが報告されました。このNUDT15は、6MPの代謝を制御する酵素です。NUDT15に多型があると、その酵素活性が低くなり、6MPの効果が過剰に高まってしまいます。本研究グループは、これまで日本小児がん研究グループ(JCCG:注3)の研究の一環として、米国St. Jude小児病院との共同研究の中で、NUDT15には複数の遺伝子多型 (c.36_37insGCAGTC, c.52G>A, c.415C>T, c.416G>A)があり、これらはいずれもNUDT15の機能の低下をもたらすことを報告しています(図1)。NUDT15の多型は特にアジア人で頻度が高く、我が国の患者さんの6MPの効きやすさに強く関連しています。
図1. NUDT15遺伝子にみられる遺伝子多型の画像
図1. NUDT15遺伝子にみられる遺伝子多型

遺伝子が存在する染色体は、父親と母親のそれぞれからひとつずつ受け継ぐため、通常、NUDT15に限らずほとんどの遺伝子は2つずつあります(男性の性染色体は例外です)。片方のNUDT15遺伝子に多型がある場合と両方のNUDT15遺伝子に多型がある場合とでは、その酵素活性がおおきく異なります。つまり、両方のNUDT15遺伝子に多型を有する場合は、酵素活性がほぼ消失することになり、6MPの代謝産物が蓄積することでその効果が極端に高くなってしまい、副作用である骨髄抑制や脱毛などが顕著になる一方で、片方の対立遺伝子のみに多型がある場合は、酵素活性が半分程度に保たれるため、副作用はそれほど強くは生じないと考えられます。
そのため、NUDT15に複数の多型がある患者さんの場合、それぞれの多型が「同じ側のNUDT15遺伝子にある場合」と、「両側のNUDT15遺伝子にある場合」を区別しなければなりません。例えば、図2の*1と*2の対立遺伝子の組み合わせでは、片方の対立遺伝子は正常であるため酵素活性が保たれるのに対し、*3と*6もしくは*3と*5の対立遺伝子の組み合わせでは、両方の対立遺伝子ともに異常を有するためNUDT15の酵素活性はほぼ消失し、6MPによる骨髄抑制が強くなります。
図2. NUDT15遺伝子の多型の組み合わせの画像

今回の研究では、複数の多型をもつ患者さんについて、片方の対立遺伝子のみに多型が存在するか両方の対立遺伝子に多型が存在するかを簡便に決定する方法を確立しました。この方法を用いて多型を詳細に解析した結果をもとに、6MPや同時に投与されることの多いメソトレキセートの投与量を検討しました。

研究手法と成果

本研究では、国立成育医療研究センター小児がんセンター、東京大学医学部小児科、弘前大学医学部小児科、埼玉県立小児医療センターで急性リンパ性白血病もしくはリンパ腫で治療を受けた138人の患者さんを対象として、血液等から抽出したDNAを用いて、PCR法(注4)によりNUDT15の遺伝子多型の有無を調べました。
その結果、38人(27.5%)の患者さんがひとつ以上の多型を持ち、さらに15人(10.8%)ではふたつの部位に多型がみられました。このふたつ遺伝子多型を有する患者さんで、ふたつの多型が同じ側のNUDT15遺伝子にあるか、両側のNUDT15遺伝子にあるかを区別するため、対象の患者さんの検体から、RNAを抽出しそれを鋳型としてcDNA(注5)を作成し、詳細な解析を行いました。本研究では、片方のNUDT15遺伝子のみに多型がある(図1の*1と*2の組み合わせ:mono-allelic variant)か両方のNUDT15遺伝子に多型がある(図1の*3と*6もしくは*3と*5の組み合わせ:compound heterozygous variant)かを調べるため、droplet digital PCR(ddPCR)法(注6)を用いる方法と制限酵素を用いる方法を確立し、両者で結果が一致することで方法が正しいことを確認しました。
ddPCR法を用いる方法では、図3のようにそれぞれの多型部位の配列に結合する塩基配列(probe)を作成し、それぞれにFAMとHEXという色素で標識し、mono-allelic variantとcompound heterozygous variantの場合とで、色素の分布が異なることを利用して解析を行いました。
図3. ddPCR法による遺伝子多型の決定方法の画像

さらに、このddPCR法により得られた結果を確認するため、最も高頻度にみられる多型であるc.415C>Tを認識して遺伝子を切断する制限酵素(注7)を用いました。制限酵素によりc.415C>Tの多型がある側の対立遺伝子のみを切断し、多型のない対立遺伝子側のみにPCRがかかるようにし、どちらの対立遺伝子側にもうひとつの多型があるかどうかを調べ(制限酵素法)、ddPCR法の結果と同様の結果であることを確認しました。
図4. NUDT15の遺伝子多型ごとの6MPの投与量両方のNUDT15遺伝子に多型がある場合は必要な6MPの投与量が少なくなるの画像

複数の多型をもつ患者さんでは、このddPCR法と制限酵素法により詳細にNUDT15遺伝子の多型の状況を確認し、片方のNUDT15遺伝子に多型を有する患者さん(*1と*2, *1と*3, *1と*5, *1と*6)と両方のNUDT15遺伝子に多型がある患者さん(*3と*3, *3と*5)とを区別して6MPの投与量を確認したところ、図4に示す通り、両方のNUDT15遺伝子に多型がある患者さんでは6MPの必要投与量が低いことが確認されました。一方で、同時に投与されるメソトレキセートの投与量はほぼ同等であり、メソトレキセートの減量は必要がないことも分かりました。
患者さんの遺伝子多型を今回確立した方法で調べることで、個々の患者さんの遺伝的体質に応じた6MPやメソトレキセートの投与量を調整し、過剰な副作用を避けるとともに治療においても適切な使用が可能になると考えます。
この研究は、成育医療研究開発費、日本学術振興会、日本医療研究開発機構による研究助成の支援を受けて行われました。

今後の展望

本研究では、NUDT15の遺伝子多型を詳細に調べる方法を確立し、遺伝子多型の組み合わせと6MPによる副作用の関係を詳細に示しました。これにより、6MPによる重篤な副作用を起こしうる患者さんをあらかじめ予測することが可能となり、患者さんの体質に応じた適切な投与量を推測することができます。今後の情報の積み重ねにより、多型に応じたさらに適切な治療薬剤の種類や用量の選択が確立することが期待されます。
また、今回の成果は、小児患者に限定されず、成人の急性リンパ性白血病にも応用が可能です。さらに、炎症性腸疾患であるクローン病に用いるアザチオプリンについても、同じようにNUDT15遺伝子の多型が副作用の程度と関係していることが知られており、より広い範囲の患者に役立つ成果です。
現在、NUDT15遺伝子の多型検査は体外診断薬の開発が進んでおり、実際の診療で広く応用が可能になることが見込まれています。

用語解説

  • 注1) 骨髄抑制
    抗がん剤により赤血球、白血球、血小板などの産生を担う骨髄中の細胞が減少し、白血球などの細胞を産生が不十分になること。重篤な骨髄抑制により白血球減少が高度になると、感染症の危険性につながる。
  • 注2) 遺伝子多型
    遺伝子を構成しているDNA配列の個人差のことで、通常ある集団の1%以上にある変化のことを指す。薬剤の副作用の起こりやすさと遺伝子多型が関連していることがある。
  • 注3) 日本小児がん研究グループ(JCCG)
    2014年12月にNPO法人として設立された全国規模の小児がんの臨床研究グループ(公式オフィシャルサイト)。JCCGには日本で小児がん治療・研究を専門とするほぼ全ての大学病院、小児病院(小児がん拠点病院、中央機関を含む)、総合病院(小児血液・がん専門研修施設)が200以上参加し、倫理性、科学性を重視した臨床研究を実施している。
  • 注4)PCR法
    DNAの温度による変性とDNAの伸長を行う酵素を利用してDNAを増幅する方法。遺伝子解析を行う研究でよく使用される手法。
  • 注5) cDNA
    RNAを鋳型に逆転酵素を用いて作られるRNAと相補的なDNA。本研究では離れたエクソンに存在する多型のつながりを解析するために、cDNAを用いている。
  • 注6)droplet digital PCR法
    DNA断片を限界希釈により1本となるようにし、droplet内でひとつひとつのDNAを分離し、そのdroplet内でPCRを行う手法。この手法により、遺伝子の定量や本研究のように1本の遺伝子上の多型の分布を調べることができる。
  • 注7)制限酵素
    細菌などからみつかった酵素の一つで、ある特定のDNA配列を認識しDNAを切断する酵素。
本件に関する取材連絡先

国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室

03-3416-0181(代表)

koho@ncchd.go.jp

月~金曜日(祝祭日を除く)9時〜17時


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