タンパク質の糖鎖欠損が疾患につながる仕組みを解明 -未診断疾患の遺伝子バリアントから病気の原因を探る-
今回、国立成育医療研究センターに集められた600万を超える未診断疾患のゲノムの変化(バリアント1)データの中から、タンパク質の「糖鎖」という目印に影響を与える遺伝子のバリアントを見つけ出しました。さらにその中から、体内でリン酸をはずす働きをする酵素ACP3に注目して詳しく調べたところ、このバリアントによって糖鎖が失われると、酵素としての働きやタンパク質としての安定性、細胞外への分泌が損なわれ、病気につながっている可能性があることを明らかにしました。
この研究成果は、2026年10月16日、米国の学術出版社Cell Pressが発行する科学雑誌iScienceに掲載されました。
本研究はAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の難治性疾患実用化研究事業 (課題管理番号22ek0109446、24ek0109760、25ek0109815、26ek0109886)および科研費(26K02160)の支援を受けて行われました。
[1]バリアント:DNA の配列に生じた個人差や変化のこと。病気の原因になるものもあれば、体に影響を与えないものもある。
発表のポイント
- 遺伝子のバリアント情報は急速に蓄積している一方、その多くは病気との関連性が明らかになっていない。
- 遺伝子のバリアントによって、タンパク質の「糖鎖」が失われ、機能が損なわれることで病気につながる可能性のある症例を見い出した。
- 脱リン酸化酵素ACP3 で糖鎖が失われると、酵素の働き・タンパク質の安定性・細胞外への分泌が損なわれ、神経の発達に障害が生じる可能性が示された。
研究背景
近年、遺伝子解析技術の進歩により、非常に多くの遺伝子バリアントの情報が蓄積されています(図1)。しかし、その中で、「病気の原因になる」のか「影響がない」のかがはっきりわかっているものは半数に満たず、半数以上の遺伝子バリアントは意義が不明なままです。
遺伝子バリアントの中には、タンパク質を構成するアミノ酸を変化させてしまう「ミスセンス変異2」と呼ばれるものがあり、これがタンパク質の立体構造や、蛋白質に付け加えられる「糖鎖」という目印に影響を与えることが知られています。意義不明のバリアントが病気の原因であると突き詰めることができれば、新たな治療法の開発につながる可能性があります。
[2]ミスセンス変異:遺伝子の変化によって、タンパク質を構成するアミノ酸の一つが別のアミノ酸に置き換わってしまう変異。
【図1:遺伝子バリアントの分類と年次推移】
研究内容
私たちは、まず国立成育医療研究センターに蓄積された600万を超える未診断疾患のバリアントデータの中から、糖鎖修飾に異常をもたらすと考えられるミスセンス変異(バリアント)を絞り込みました。その中から、リン酸をはずす酵素ACP3の335番目のアミノ酸(トレオニン)がメチオニンに置き換わったバリアント(T335M)をもつ3名の患者さんに着目しました。このバリアントが生じると、ACP3の333番目のアスパラギンに本来付くはずの糖鎖が失われます。3 名の患者さんはいずれも神経発達に異常が見られたことから、私たちはこの糖鎖の欠損が病気の原因になっているのではないかと考え、詳しい解析を進めました。
そこで、正常な(野生型)ACP3と、糖鎖が欠損するように改変したACP3を、細胞に作らせた組換えタンパク質3 として用意し、酵素としての働き、細胞内での存在場所、タンパク質の壊れにくさ(プロテアーゼ抵抗性試験4)、そして質量分析計5による糖鎖の構造解析など、さまざまな角度から比較しました。
その結果、患者さんに共通するT335Mバリアントでは、野生型に見られる糖鎖修飾が失われていることを確認しました。このバリアントを持つACP3は、細胞の外(培養液中)へほとんど分泌されず、細胞内にとどまっていました。詳しく調べると、タンパク質を細胞外へ送り出す通り道であるゴルジ体6にたどり着けず、その手前にある小胞体7にとどまっていることが分かりました。さらに、細胞内にとどまったこのタンパク質は、本来の酵素としての活性をほとんど失っていました。壊れにくさを調べる実験でも、野生型に比べて壊れやすく、立体構造が不安定になっていることが示されました。
また、質量分析計による解析から、このバリアントで失われる糖鎖は「高マンノース型糖鎖8」と呼ばれるタイプだけであることが分かりました。一方、ACP3の他の糖鎖が付く部位では、「複合型糖鎖9」と呼ばれる別のタイプの糖鎖が大部分を占めていました。
また、分子動力学シミュレーション10というコンピューター計算の手法を用いて、糖鎖がACP3の立体構造に与える影響を解析しました。その結果、333番目のアスパラギンに付く高マンノース型糖鎖は、周囲のアミノ酸と安定した結合(水素結合)のネットワークを作り、ほとんど動かない「支え」のような役割を果たしていることが分かりました。この結果は、Asn333の糖鎖がACP3の構造を支える「構造的なクランプ(留め具)」として働いていることを示しています。
以上の結果から、患者さんに共通してみられたACP3のT335Mバリアントは、糖鎖修飾の異常によって構造の安定性が低下し、酵素としての働きの喪失や細胞外への分泌障害を引き起こすことが明らかになりました。特に、高マンノース型糖鎖がACP3の構造を安定に保つうえで重要な役割を果たしていることが示唆されます。
こうした分子レベルの変化が、患者さんにみられる神経症状の発症に関わっていると考えられます(図2)。
[3]組換えタンパク質:遺伝子を操作して細胞に目的のタンパク質を作らせることで、人工的に得られるタンパク質。
[4]プロテアーゼ抵抗性試験:タンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)に対する分解されにくさを調べることで、タンパク質の立体構造がどれだけ安定かを評価する実験。
[5]質量分析計:分子の質量を精密に測定する装置。タンパク質や糖鎖の構造を調べるために用いられる。
[6]ゴルジ体:細胞の中で、タンパク質に付いた糖鎖を加工し、細胞外へ送り出す準備を行う細胞小器官。
[7]小胞体:細胞の中でタンパク質が作られ、正しい立体構造に折りたたまれる細胞小器官。うまく折りたたまれなかったタンパク質は、ここにとどまる。
[8]高マンノース型糖鎖:マンノースという糖が多数連なった、比較的単純な構造の糖鎖。タンパク質が作られる初期の段階でみられる。
[9]複合型糖鎖:高マンノース型糖鎖がゴルジ体で加工されることでできる、より複雑な構造を持つ糖鎖。
[10]分子動力学シミュレーション:コンピューター上で原子や分子の動きを物理法則にもとづいて計算し、タンパク質などの立体構造の変化を再現する解析手法。
【図2:ACP3 のT335M バリアントが神経発達の障害につながる仕組み(推定)】T335Mバリアントによって333番目のアスパラギンへの糖鎖修飾が失われた結果、ACP3が小胞体内にとどまって凝集し、立体構造が不安定になるとともに、リン酸をはずす酵素としての働きを失う可能性が示されました。
発表論文情報
タイトル:Loss of the Asn333 high-mannose N-glycan impairs ACP3 folding and drives disease-associated dysfunction
(日本語名):ACP3の高マンノース型N-結合型糖鎖の喪失は、適切な立体構造形成を阻害し、疾患につながる機能障害を引き起こす
掲載紙:iScience
著者:Noriyoshi Manabe1, Kazuyoshi Itoh2, Shiho Ohno1, Ayumi Miura1, Aika Miyata1, Sora Yashima1, Sachiko Komatsu3, Tsutomu Fujimura3, Hisatoshi Hanamatsu4, Jun-ichi Furukawa4, Kiyohiko Angata2, Akira Togayachi2, Kiyoko F. Aoki-Kinoshita2,4,Yoshihiro Akimoto5, Tadashi Kaname6, Shoko Nishihara2, and Yoshiki Yamaguchi1
著者所属:
1)東北医科薬科大学・分子生体膜研究所
2)創価大学・糖鎖生命システム融合研究所
3)東北医科薬科大学・薬学部
4)名古屋大学・糖鎖生命コア研究所
5)杏林大学・医学部
6)国立成育医療研究センター
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