父母由来の遺伝子の働きを分けるゲノムの立体構造を解明 ~マウスモデルで解き明かすゲノムインプリンティング~
国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区 理事長:五十嵐隆)の周産期病態研究部・中林一彦、林夏希らは、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)などとの国際共同研究により、成長や脂肪の蓄積に関わるMest遺伝子[1]の発現開始部分にある領域(以下、Mest制御領域)が、Klf14[2]の働きを制御することを明らかにしました。
本研究では、成育医療研究センターがノックアウトマウス(特定の遺伝子をなくしたマウス)を作製し、父由来のMest制御領域を欠失させると、Mestの発現が失われ、通常は母由来アレル[3]から発現するKlf14が父由来・母由来の両アレルから発現することを個体で示しました。本研究成果は、インプリンティング[4]に関わる成長障害や、2型糖尿病のリスクにどうつながるかを理解する基盤になります。
本研究成果は学術誌「Genes & Development」に掲載されました。
[1]Mest遺伝子:父と母の両方から受け継いだ遺伝子のうち、父由来のものしか働かない「インプリンティング遺伝子」。
[2] Klf14:母由来のものしか働かない「インプリンティング遺伝子」。他の遺伝子の働きのON/OFFを司る働きを持つ。
[3] アレル:父と母、両方から受け継いだ遺伝子のコピーのこと。
[4] インプリンティング:父由来か母由来かによって、同じ遺伝子でも働き方が異なる仕組み。
プレスリリースのポイント
- Mest制御領域が、離れたKlf14のインプリンティングも制御することを明らかにしました。
- 父由来の制御領域の欠失により、ゲノムの立体構造とKlf14の発現が変化しました。成育で樹立したマウスでも発現変化を確認しました。
- MEST領域欠失に伴う成長障害や、KLF14に関わる2型糖尿病感受性の理解につながる基礎的な成果です。
背景・目的
ゲノムインプリンティングとは、遺伝子が父母のどちらから受け継がれたかによって働きが異なる仕組みです。この制御を受ける遺伝子を「インプリンティング遺伝子」と呼びます。DNAメチル化[5]などの目印が発現を調節し、その異常は子どもの成長障害などに関わります。当センターでは、インプリンティング疾患[6]の病態理解に向けて、臨床研究とともに遺伝子発現制御の基礎研究を進めています。
Mestは成長や脂肪の蓄積に関わるインプリンティング遺伝子で、主に父由来アレルから発現します。一方、Klf14は他の遺伝子の働きを調節するタンパク質(転写因子)を作るインプリンティング遺伝子で、主に母由来アレルから発現します。ヒトでは、MESTを含む父由来領域の欠失に伴うシルバー・ラッセル症候群様の成長障害や、KLF14領域の遺伝的な違いと2型糖尿病のなりやすさとの関連が報告されています。このように近くに位置する2つの遺伝子が、なぜ父母由来で異なる制御を受けるのかは十分に分かっていませんでした。
研究グループは、Mest制御領域がDNAの折りたたみ方を父母由来で変え、離れたKlf14の発現も制御するという仮説を立てました。この仕組みを個体で検証するため、成育でノックアウトマウスを樹立しました。
[5] DNAメチル化:遺伝子の働きのON/OFFを調整する仕組みのこと。
[6] インプリンティング疾患:遺伝子の配列そのものではなく、遺伝子の働きを調節する仕組みの問題によって引き起こされる先天性の疾患。
研究概要
1)父母由来で異なるゲノムの立体構造を解析
マウスの胚性幹細胞(ES細胞)などを用い、父母由来を区別してDNA上の領域同士の接触を解析しました。MestとKlf14は同じ大きな立体構造の領域(TAD[7])にあり、父由来ではMest制御領域にタンパク質CTCFが結合し、その内部に小さな区画(sub-TAD)が形成されていました。
[7] TAD(Topologically Associating Domain):DNAが立体的に折りたたまれることでできる、DNAのまとまり(領域)。TADの中では、離れた場所にあるDNA同士も立体的に近づき、遺伝子の働きの調節にも関わると考えられている。
2)制御領域を欠失させ、その役割を検証
ゲノム編集で父由来のMest制御領域を欠失させたES細胞では、この区画構造が失われ、分化させた細胞でKlf14が父由来・母由来の両アレルから発現しました。成育で樹立したノックアウトマウスでも、Mestの発現消失とKlf14の父由来・母由来の両アレルからの発現を確認しました。
3)離れた遺伝子の発現を調節するモデルを提示
下垂体由来の細胞の解析から、MestとKlf14に共通して作用するエンハンサー[8]候補(発現を促すDNA領域)を見い出しました。父由来では区画構造によってKlf14への作用が制限され、母由来ではKlf14に作用できる、というモデルを提示しました。エンハンサーの機能やヒトで同様の仕組みが働くかについては、さらに検証が必要です。
[8] エンハンサー:特定の遺伝子の働きを活性化するDNA領域。DNAが折りたたまれることで、離れた場所にある遺伝子にも作用することができる。
今後の展望・発表者のコメント
本成果は、MEST領域欠失の影響を、MESTの機能喪失に加えて、離れた遺伝子の発現制御の変化として検討する基盤になります。KLF14の発現変化がシルバー・ラッセル症候群様の成長障害にどのように関わるかは、今後の研究課題です。
KLF14領域にある2型糖尿病になるリスクを高める遺伝子の変異には、母親から受け継いだ場合にリスクへの影響が現れるものが知られています。今回のモデルは、こうした変異がKLF14の発現やエンハンサーとの相互作用にどう影響するかを調べる手がかりになります。
成育でのマウスモデルの樹立と個体解析を通じて、遺伝子発現の基本的な仕組みを疾患研究へつなげることを目指します。今回の成果はマウスを中心とする基礎研究であり、ヒトの疾患の発症機構や治療法を直接実証したものではありません。
発表論文情報
タイトル:Genomic imprinting of the metabolic regulator gene Klf14 is regulated by a paternal sub-TAD anchored at Mest
執筆者:Amanda Ha2, Natsuki Hayashi1,3, Aaron B. Bogutz2, Benoit Moindrot4, Laura Gomez5, Juliette Harris6, Alexandre Marcil6, Frank Court7, Miyuki Shindo8, Philippe Arnaud7, Jacques Drouin6, Thierry Forné5, Daan Noordermeer4, Shuji Takada9, Kazuhiko Nakabayashi1,10, Louis Lefebvre2
共同筆頭著者:Amanda Ha2、林夏希1,3、Aaron B. Bogutz2、Benoit Moindrot4
共同責任著者:中林一彦1,10、Louis Lefebvre2
所属:
1) 国立成育医療研究センター 周産期病態研究部
2) ブリティッシュコロンビア大学
3) 東北大学
4) Université Paris-Saclay/CEA/CNRS
5) モンペリエ大学/CNRS
6) モントリオール臨床研究所
7) Université Clermont Auvergne/CNRS/INSERM
8) 国立成育医療研究センター 実験動物管理室
9) 国立成育医療研究センター システム発生研究部
10) 国立成育医療研究センター 女性の健康総合センター
掲載誌:Genes & Development
掲載日:2026年9月21日
正式掲載論文DOI:10.1101/gad.353948.126.
プレプリント:10.64898/2026.05.09.724006
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