小児がんに対するゲノムプロファイリング検査の有用性を確認 オールジャパンの連携体制を確立し全国の小児がん患者さんに精密医療の提供へ
国立成育医療研究センター小児がんセンターの加藤元博(東京大学医学部附属病院小児科と兼任)・松本公一、国立がん研究センター田尾佳代子・市川仁・鈴木達也らの研究グループは、日本小児がん研究グループ(JCCG)との共同研究として、小児がんに対してゲノムプロファイリング検査[1]の有用性を評価する全国規模の多施設共同臨床研究(JCCG-TOP2)を行いました。
ゲノムプロファイリング検査はこれまで成人のがんを主な対象として設計されていて、小児がんに特徴的な遺伝子の変化を十分に捉えられないことが課題でした。本研究では、204人の小児がん患者さんを対象にゲノム検査を行い、ゲノムプロファイリング検査が小児がんに対する有用性とともに、小児がん診療に実装するために必要な連携体制や人材育成の在り方について検討しました。
その結果、ゲノム検査が小児がんにおいても診断補助や予後予測・薬剤選択など、精密な治療選択に幅広く役立つことが明らかとなり、オールジャパンの小児がん研究団体であるJCCGの協力を得て、ゲノム医療を進めるための全国的な枠組みを確立することができました(図1)。
本研究成果は、日本の学術誌「Cancer Science」に掲載されました。
[1] ゲノムプロファイリング検査:多数(100以上)の遺伝子をまとめて解析し、がん細胞にどのような遺伝子異常が起きているかを詳しく調べる検査。これによりがんの性質に基づいた治療選択に役立てることができる。2019年より保険収載され、「ゲノム医療」として広く用いられるようになっている。パネル検査とも呼ばれる。

【図1:JCCG-TOP2研究の概要】
プレスリリースのポイント
- 研究グループは、日本小児がん研究グループ(JCCG)に参加する全国の小児がん診療施設の協力を得て、小児がん診療におけるゲノム検査の意義や有用性を確認しました。
- 「新Todai OncoPanel(TOP2)[2]」を用いて、小児がんに対するオールジャパンの全国規模の前向き臨床研究(JCCG-TOP2)を実施しました。
- 全国50施設から210人の患者さんが登録され、解析結果を予備検討会やエキスパートパネル(専門家会議)で議論し、臨床的意義(診断・予後・治療)を評価しました。ゲノム解析結果が得られた204例のうち、147例(72%)で「臨床的に有用な所見(PAF: Potentially actionable findings)」が見つかりました。
- 本研究によって、小児がん診療において、がんゲノムプロファイリング検査が重要な診断技術であることが確認されました。また、研究を通じて整備された、がんゲノム検査と病理診断を組み合わせた小児がんの統合診断の連携体制や小児がん診療に携わる医療従事者のゲノム医療に関する人材育成が重要であることを明らかにしました。本研究成果は、小児がんに対するゲノム医療を全国的に提供するための重要な一歩となることが期待されます。
[2] 新Todai OncoPanel(TOP2):TOP2は、多数の遺伝子を解析対象とし、その中には小児がんの診断に有用な遺伝子も多く含んでいる。さらに、DNAとRNAを同時に調べることで融合遺伝子やコピー数異常の検出にも優れているという特徴を持つ。2023年8月よりGenMineTOPがんゲノムプロファイリングシステムとして保険適用となり診療で運用が開始されている。
背景と目的
小児がんは、患者さんの数が少ない一方で、がんの種類が多いため、診断が難しい疾患も数多く含まれます。小児がんの治療にあたっては、正確な診断に基づき適切な抗がん剤を選択することが治癒率を高め、合併症を最小限にとどめるためにとても重要です。
近年、がん細胞のゲノム変化をまとめて調べる「がんゲノムプロファイリング検査」が開発され、がんのゲノム特性に基づいた精密な治療選択に役立てるしくみが「ゲノム医療」として整ってきました。しかし、これまでのがんゲノムプロファイリング検査は、成人のがんを主な対象として設計されたもので、小児がんに特徴的な遺伝子の変化(特に、構造の変化)を十分に捉えられないことが課題でした。これに対し「新Todai OncoPanel(TOP2)」は、小児がんの診療に有用な遺伝子を解析対象に含むだけでなく、DNAとRNAを同時に解析することで構造異常の検出力に優れた特徴を持ちます。そのため、成人がんだけでなく、小児がんなどの希少がんにとっても適した検査であると期待されています。
このような進歩したゲノム検査を用いてゲノム医療を進めるためには、全国の小児がん診療施設で適切な検体を採取・処理して提出し、TOP2で得られる複雑な解析結果を適切に解釈するための体制づくりが必要です。そこで、小児がんの診療におけるTOP2の意義を確認し、実際に検査として広く行うためにはどのような体制が必要なのかを検討することを目的に、前向き観察研究[3]を実施しました。
[3] 観察研究:臨床研究の中で、治療そのものは通常の診療として標準的な(その時点でもっとも確実で良いと考えられる)治療を行い、登録した方の治療経過や検査結果などの情報を収集して、病気の性質や検査法、診断法の意義を調べる研究をいいます。
研究概要
この研究は、日本小児がん研究グループ(JCCG)[4]のネットワークを使い、全国50の医療機関が協力し、29歳以下のがん患者を対象として行った多施設共同研究です。
- 研究登録期間/登録人数:2022年1月~2023年2月/210人
- 対象患者数:204人(腫瘍と血液の検体が揃い、検査を行うことができた患者さん)
- 研究フロー:
➀各医療機関から、腫瘍の組織(手術や生検で採取された標本)と血液の検体を研究事務局に収集。
➁腫瘍標本の中央病理診断(あらためて病理診 断所見と試料の品質を確認)。
➂TOP2によるゲノム検査の実施。
➃TOP2により得られた結果を、小児がんゲノムの専門医、病理診断の専門医、臨床遺伝の専門家、解析技術の専門家などからなる予備検討会議で検討・評価。
➄担当医も含めたエキスパートパネル(専門家会議)で報告書を作成。
➅報告書の作成を通じて小児がんゲノム専門家の育成を行う。 - 評価項目:
➀診断に役立つか。
➁予後(病気の経過や再発のしやすさ)に関する情報か。
➂治療薬の選択に役立つか。 - TOP2による解析の結果:
➀204人中147人(72%)で、診断・予後予測・治療選択のいずれかに役立つ「臨床的 に有用な所見(PAF: Potentially actionable findings)[5]」がありました(図3)。
➁特に、診断補助や予後予測につながるゲノム変化が多く検出され、中でも融合遺伝子などの構造異常[6]がこれらに貢献していました。
➂分子標的薬など治療薬の候補につながる所見が約3割を占めていました。
➃17人(8%)に、がん発症に関わる遺伝的な背景(cancer predisposition)が見つかり、診断や健康管理の参考になる情報となりました。

【図2:JCCG-TOP2に登録・解析された患者さんの疾患の内訳】

【図3:JCCG-TOP2で検出された臨床的に意義のある所見(PAF)の割合】

[4] 日本小児がん研究グループ(JCCG):小児がん治療の診断や治療開発を行うためのオールジャパンの研究組織として、2014年12月に設立されたNPO法人。小児がん治療を行うほぼ全ての大学病院・小児病院・総合病院など200施設以上が参加し、臨床研究を行っている。
[5]Potentially actionable findings (PAF):検査の結果のうち、臨床的に有用な所見と判断できるもの。本研究の診断ではDx2以上、予後予測ではPx2以上、治療効果ではTxD以上をPAFとして集計。
[6] 構造異常:遺伝子を構成するDNA配列の短い変化(塩基置換)ではなく、遺伝子の途中から別の遺伝子の部位にDNAがつながることで形成される融合遺伝子や、部分的に欠失する・重複するなどの変化が起こることがある。これらもがんの病態に関与することが知られている。
今後の展望
本研究により、小児がんに対するゲノム医療を、日本全国の小児がん診療施設で運用できることが確認されました。TOP2での実績を基に、GenMineTOPがんゲノムプロファイリングシステムとして保険診療として利用できるようになっており、今回の結果は、診断時を含めて小児がん患者さんの経過のさまざまな段階でゲノムプロファイリング検査を活用し、ゲノム特性に基づいたより精密な診療が標準的な医療として全国どこでも受けられるように進めていく方向性を示しています。
今後は、
- 検査技術のさらなる発展
- 検査結果をより早く臨床現場に届ける工夫
- 薬剤へのアクセスを広げる仕組みづくり
- 遺伝性腫瘍の患者のサーベイランス体制
- 小児がんゲノム医療に関わる人材の育成
などをさらに進め、ゲノム医療の成果を小児がんの患者さんとご家族に還元していくことが重要です。
また、本研究で蓄積された情報は、小児がんの理解をさらに深め、新たな検査や治療の開発にもつながります。今後、成人がんも含めて領域横断的に研究を進めることで、日本発のゲノム医療をさらに発展させることを目指しています。
JCCG 康 勝好 理事長のコメント
このたびJCCGがオールジャパンの体制で協力したTOP2研究の成果が論文発表されたことを、とても嬉しく思います。本研究の成果により、すでに小児がんに対する遺伝子パネル検査がGenMineTOPとしていち早く承認され、保険診療として日常的に行うことが可能になりました。小児がんは治療の進歩により現在約80%の患者さんが治癒するようになっていますが、それでも20%の患者さんは命を落とし、また治癒した場合も半分以上の患者さんが何らかの長期合併症を抱えていることがJCCGの大規模観察研究で明らかになっています。治癒率の向上と合併症の少ない治癒を目指すために、JCCGとしては今回の研究の成果である遺伝子パネル検査を広く普及させて患者さんの診療に役立てるとともに、さらに有用性の高いゲノム医療を発展させるために、研究者の皆さまと協力して努力を続けていきます。
発表論文情報
タイトル:「Genomic Profiling of Pediatric Solid Tumors With a Dual DNA/RNA Panel: JCCG- TOP2 Study」
執筆者:
Kayoko Tao1,2,3, Takako Yoshioka4, Miho Kato5, Kazuyuki Komatsu6, Shinichi Tsujimoto7, Kenichi Sakamoto8, Kazuki Tanimura1,9, Minako Sugiyama1,10, Masahiro Sekiguchi11, Yoshiko Nakano11,12, Yoshihiro Otani13, Yasushi Yatabe14, Akihiko Yoshida14, Hajime Okita15, Junko Hirato16, Kenichi Kohashi17, Yukichi Tanaka18, Shinji Kohsaka3, Takashi Kubo2,19, Kuniko Sunami19, Makoto Hirata12, Shuichi Tsutsumi20, Hiroyuki Aburatani20, Katsuyoshi Koh21, Masahiro Hirayama22, Shuhei Karakawa23, Yukayo Terashita10, Hiroyuki Fujisaki9, Takeshi Yagi24, Akihiro Yoneda25,26, Shinji Mochizuki27, Hiroyuki Shichino27, Tatsuya Suzuki28, Tetsuya Takimoto5, Koichi Ichimura29,30, Chitose Ogawa1, Kimikazu Matsumoto31, Hitoshi Ichikawa2,32, Motohiro Kato11,31
所属:
1, Department of Pediatrics, National Cancer Center Hospital
2, Department of Clinical Genomics, National Cancer Center Research Institute
3, Division of Cellular Signaling, National Cancer Center Research Institute
4, Department of Pathology, National Center for Child Health and Development
5, Department of Childhood Cancer Data Management, National Center for Child Health and Development
6, Department of Pediatrics, Hamamatsu University School of Medicine
7, Department of Pediatrics, Yokohama City University
8, Department of Pediatrics, Shinshu University School of Medicine
9, Department of Pediatric Hematology and Oncology, Osaka City General Hospital
10, Department of Pediatrics, Hokkaido University Hospital
11, Department of Pediatrics, The University of Tokyo
12, Department of Genetic Medicine and Services, National Cancer Center Hospital
13, Department of Neurological Surgery, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences
14, Department of Diagnostic Pathology, National Cancer Center Hospital
15, Department of Pathology, Keio University School of Medicine
16, Department of Pathology, Public Tomioka General Hospital
17, Department of Pathology, Graduate School of Medicine, Osaka Metropolitan University
18, Department of Pathology, Kanagawa Children's Medical Center
19, Department of Laboratory Medicine, National Cancer Center Hospital
20, Genome Science & Medicine Division, Research Center of Advanced Science and Technology, The University of Tokyo
21, Department of Hematology and Oncology, Saitama Children's Medical Center
22, Department of Pediatrics, Mie University Graduate School of Medicine
23, Department of Pediatrics, Hiroshima University Hospital
24, Okinawa Prefectural Nanbu Medical Center & Children's Medical Center
25, Department of Pediatric Surgery, National Center for Child Health and Development
26, Department of Pediatric Surgery, National Cancer Center Hospital
27, Department of Pediatrics, National Center for Global Health and Medicine, Japan Institute for Health Security
28, Department of Hematology, National Cancer Center Hospital
29, Department of Pathology, Kyorin University Faculty of Medicine
30, Division of Brain Tumor Translational Research, National Cancer Center Research Institute
31, Children's Cancer Center, National Center for Child Health and Development
32, Department of Analytical Pathology, National Cancer Research Institute
掲載誌:Cancer Science
DOI:10.1111/cas.70249
- 本件に関する取材連絡先
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国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
03-3416-0181(代表)
koho@ncchd.go.jp
月~金曜日(祝祭日を除く)9時〜17時
※医療関係者・報道関係者以外のお問い合わせは、受け付けておりません。



