「神経性やせ症」はコロナ禍で増加したまま高止まり 「自殺企図」の初診外来患者数はコロナ前の約2.3倍に ~2024年度コロナ禍の子どもの心の実態調査~
神経性やせ症について
2021年度にコロナ前の約1.6倍まで増加していた神経性やせ症[1]の初診外来患者数(図1)は、2022年度に一旦は減少に転じたものの、2023年度にはふたたび増加の傾向を示し、2024年度はコロナ前の約1.5倍(203人→297人)と高止まりしていることが明らかになりました。男女内訳を見ますと、コロナ前は神経性やせ症の初診外来患者数のうち男性は8.9%(203人中18人)でしたが、2024年度には16.1%(297人中48人)を占め、人数もコロナ前の約2.7倍と増加していました。
また、神経性やせ症の新入院患者数(図2)は、2022年度にコロナ前の約1.6倍まで増加した後、2023、2024年度は徐々に減少しているものの、2024年度もコロナ前の約1.4倍(121人→168人)と依然として患者数が多いことが明らかになりました。
なお、神経性やせ症の患者のための病床数は、2020年度以降、継続して不足しています。特に女性の神経性やせ症の病床充足率(現時点で神経性やせ症で入院している患者数/神経性やせ症の入院治療のために利用できる病床数×100)は、2024年度は130%の病院もありました [2]。子どもの神経性やせ症を治療できる医療機関が少ないこともあり、特定の病院に入院患者が集中していることが推測されます。
[1] 神経性やせ症とは、摂食障害の一つです。極端に食事制限をしたり、過剰な食事後に吐き出したり、過剰な運動を行うなどして、正常体重より明らかに低い状態になる疾患です。病気が進行すると、日常生活に支障をきたすこともあります。アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)では、①正常の下限を下回る低体重、②肥満恐怖あるいは体重増加を妨げる行動の持続、③自己評価に体重や体型が不相応な影響を受け、低体重の深刻さが認識できないなどの特徴が挙げられています。なお本調査では、神経性やせ症の患者数に、回避・制限性食物摂取症(ARFID)の患者数も含んでいます。回避・制限性食物摂取症(ARFID)は、食べることを回避あるいは制限することにより、体重減少や栄養欠乏が起こり、日常生活にも支障をきたすことがある疾患です。
[2]神経性やせ症の患者のため病床数は基準があるわけではなく、それぞれの病院でもおおまかに決めています。本調査で2019~2024年度に神経性やせ症に充てている病床数と患者数で計算したものを参考までに記載しています。
希死念慮・自殺企図について
「希死念慮(死にたいと思うこと)[3]」は、初診外来患者数(図3)が2023年度まで毎年増加傾向にあり、2023年度はコロナ前と比べて約1.8倍に増加しました。2024年度はやや減少したものの、コロナ前と比べて約1.5倍(110人→166人)と依然として患者数が多いことが明らかになりました。新入院患者数(図4)も、2022年度にコロナ前と比べて約1.9倍まで増加し、2024年度も約1.8倍(62人→111人)と高止まりしていました。
「自殺企図(死ぬつもりで、実際に自殺を図ること)[4] 」については、2019年度と2024年度を比較すると、初診外来患者数(図3)は約2.3倍(36人→82人)、新入院患者数(図4)は約2.1倍(40人→85人)と、いずれもコロナ前の2倍以上に増加していました。特に女性の増加率が高く、初診外来患者数は約2.5倍(24人→61人)、新入院患者数は約2.2倍(33人→72人)と増加していました。
[3] 希死念慮は、「死にたい」と積極的に自らの死を考えたりすることに限らず、「苦痛から解放されて楽になりたい」「消えてしまいたい」などと思うことも含みます。
[4]自殺企図とは、自らの行為が自分を死に至らしめることをある程度予測した上で、実際に行動を起こすことを指します。
プレスリリースのポイント
神経性やせ症について
- コロナ禍で、神経性やせ症の患者数が増加しました。初診外来患者数は2021年度、新入院患者数は2022年度をピークに、コロナ前と比べてそれぞれ約1.6倍に増加しました。2024年度もコロナ前と比べて初診外来患者数は約1.5倍、新入院患者数は約1.4倍と高止まりしていました。
- 男女別で見ると、神経性やせ症の初診外来患者数で特に男性の増加が著しく、2019年から2024年度で約2.7倍に増加していました。
希死念慮、自殺企図について
- コロナ禍で、希死念慮および自殺企図の患者数が増加しました。希死念慮は2023年度から2024年度にかけてやや減少が見られたものの、初診外来患者数と新入院患者数のいずれもコロナ前の2019年度と比べて1.5倍以上に増えていました。自殺企図は2024年度も続けて増加しており、初診外来患者数と新入院患者数のいずれも2019年度と比べて2倍以上に増えていました。
- 男女別で見ますと、自殺企図の初診外来患者数で特に女性の増加が著しく、2019年度から2024年度で約2.5倍に増加していました。
発表者のコメント
神経性やせ症について
- 新型コロナウイルス感染症が5類に移行した後もなお、神経性やせ症の患者数が高止まりしている状況が明らかになりました。本調査は実態調査であるため、増加の原因を明らかにすることはできませんが、子どもの神経性やせ症を診察できる医療機関の拡充、入院病床数を確保することが求められています。
- 神経性やせ症は、本人が病気を否認して医療機関の受診が遅れることがあります。子どもが食事をどれくらいとれているかや体重の変化に家族や教育機関が気を配り、深刻な状態になる前に、小児科、内科などのかかりつけ医を受診することが必要です。
希死念慮・自殺企図について
- 身近な人から「死にたい」と言われたときには、まずは落ち着いて、ゆっくりと時間をとって、その子どもの話に耳を傾けることが大切です。子どもをサポートする専門家にも仲間になってもらいたいと伝え、相談機関、医療機関などへつなげていくことが必要です。
- 子どもは、体も心も成長段階であり、大人と同じ体格になっていたとしても心は未発達であるとされています。子どもたちは自分の心の状態や問題について認識し、言語化することが難しいため、周囲にいる大人(家族や教育機関など)や友達が、日々の様子(食欲不振、不眠、集中力の低下、感情の起伏の変化、やる気の低下、成績の低下など)の変化から、声かけや状況を聞く、悩みや気持ちに寄り添うことが大切になります。
- 本調査から希死念慮・自殺企図の患者数が高止まりし、国の調査でも自殺者数が増加していることから、さらに多くの子どもたちが何らかのリスクを抱えていると考えられ、子ども達への自殺予防に関する対策および支援が早急に必要と考えられます。
全体について
- 「コロナ禍」は過去を指す言葉となりましたが、コロナ禍の長期化による子どもたちの学校環境(休校、行事の中止、黙食、マスク着用など)、生活環境(親の就労問題、貧困、DVや虐待、SNSなど)、メンタルヘルスへの影響は、今なお残っていると考えられます。さらに個人差があることも考慮すると、今後も周囲の大人が子どもたちの心の声に耳を傾け、身体の変化に気づき、子どもたちの生活を注視していくことが重要です。家庭・学校・行政・医療機関・福祉機関などが連携して、子どもたちのメンタルヘルスの向上に対するさらなる支援を早急に考える必要があると思われます。
調査概要
目的
新型コロナウイルス感染症の流行およびその影響の長期化は、子どもたちの生活を大きく変化させ、心にもさまざまな影響を及ぼしています。「こどもの心の診療ネットワーク事業」においても、事業に参加している複数の拠点病院の医師から、コロナ禍に入って以降、神経性やせ症で入院する子どもや、抑うつや不安を訴える子どもが増えているといった声が上がっていました。また、厚生労働省の「自殺の統計」によると、高校生の自殺者数が増加していることも分かりました。そこで、コロナ禍~コロナ後で子どもの心がどのように変化しているのか、子どもの心の診療の実態を調査しました。
調査対象機関
「こどもの心の診療ネットワーク事業」に参加している機関および、オブザーバー協力機関の全国31病院(32診療科)。
調査内容
神経性やせ症、希死念慮・自殺企図があった、20歳未満の初診外来患者さんおよび、新入院患者さんの人数
調査期間
2019年4月1日~2025年3月31日
調査方法
調査対象機関に対するアンケート調査
特記事項
神経性やせ症、希死念慮・自殺企図の各項目について、6年度分のデータがそろっていない機関のデータは集計から除外しました。また、神経性やせ症と神経性過食症を合算している、希死念慮と自殺企図を合算しているなどの機関のデータも除外しています。そのため、2021~2023年度に配信した調査結果と、患者数や有効回答施設数が異なる項目があります。
※本調査については、本報告をもって最終とさせていただきます。
こどもの心の診療ネットワーク事業とは
こども家庭庁の事業として、子どもたちの心のケアのため、都道府県などの地方自治体が主体となり、地域の病院、児童相談所、保健所、発達障害者支援センター、療育施設、福祉施設、学校などの教育機関、警察などが連携しています。その活動の一環として、地域でのより良い診療のため、子どもの心を専門的に診療できる医師や専門職の育成、地域住民に向けた子どもの心の問題に関する正しい知識の普及活動も実施しています。さらに、地域内のみならず、事業に参加している自治体間の連携強化も図り、互いに抱える問題や実施事業に関する情報共有も盛んに行っています。国立成育医療研究センターは中央拠点病院として、この事業に携わっています。
- 本件に関する取材連絡先
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国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
03-3416-0181(代表)
koho@ncchd.go.jp
月~金曜日(祝祭日を除く)9時〜17時
※医療関係者・報道関係者以外のお問い合わせは、受け付けておりません。



