アトピー性皮膚炎や脱毛症などの発症に関わる新しいJAK1遺伝子変異を発見 ~JAKの働きを妨げる薬による治療効果を確認~
国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵 理事長:五十嵐隆)、免疫アレルギー・感染研究部/アレルギーセンターの森田英明、藤多慧、ゲノム医療研究部の要匡、柳久美子、アレルギーセンターの福家辰樹らの研究グループは、一般的な治療では改善が難しい重症アトピー性皮膚炎、脱毛症、自己免疫性甲状腺疾患を発症した患者において、新しいJAK1遺伝子変異を発見し、この遺伝子変異により JAK1(ヤヌスキナーザ1)が異常に活性化していることが疾患の原因であることを明らかにしました。また、JAKの働きを妨げる薬による治療で症状の改善することも確認しました。
JAK1は、細胞内のシグナル伝達に重要な役割を果たす酵素で、さまざまなサイトカインの刺激により活性化され、STAT分子をリン酸化することで遺伝子発現を調節します。
今回、研究グループは全エクソーム解析[1]によってJAK1遺伝子の新規変異(p.Pro815Ser)を発見し、この変異により JAK1 分子が異常に活性化し、特にインターフェロンγ[2]のシグナル伝達が増強されることで、治療抵抗性アトピー性皮膚炎、脱毛症、自己免疫性甲状腺疾患を発症することを明らかにしました。さらに、JAK阻害剤による治療アトピー性皮膚炎や脱毛症の症状改善が確認され、新たな治療法の可能性を示しました。
本件に関する論文は、科学雑誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』に2025年10月14日付けで掲載されました。
[1]全エクソーム解析:遺伝子の中でタンパク質をコードするエクソン領域を網羅的に解析する遺伝子解析手法です。
[2]インターフェロンγ:免疫系の調節に重要な役割を果たすサイトカインの一種で、炎症反応や自己免疫疾患の病態形成に深く関与しています。
プレスリリースのポイント
- 一般的な治療では改善が難しい重症アトピー性皮膚炎、脱毛症、自己免疫性甲状腺疾患を発症した症例に対して遺伝子解析を行い、JAK-STATシグナル伝達経路[3]の中心的役割を果たすJAK1の新規遺伝子変異(p.Pro815Ser)を発見しました。
- 発見された変異型JAK1では、特にインターフェロンγシグナルが異常に増強されることで、複数の炎症性疾患の発症につながっていることが明らかになりました。
JAKの働きを抑制する薬による治療で脱毛症の症状が大きく改善し、JAK1遺伝子変異による疾患への新たな治療戦略の可能性が示されました。
[3]JAK-STATシグナル伝達経路:細胞表面の受容体から細胞核への情報伝達を担う重要な経路で、免疫反応や細胞の増殖・分化を調節します。
研究内容・成果の要点
患者とその両親のトリオ全エクソーム解析の結果、患者と父親にJAK1遺伝子の新規変異(p.Pro815Ser)を発見しました。この変異は JAK1 のPseudokinase Domainに位置しており、これまでに報告されていない新しい変異でした。
患者由来の不死化リンパ芽球細胞株を用いた機能解析では、変異型JAK1がインターフェロンγ刺激に対してpSTAT1シグナルを過剰に活性化することが明らかになりました。一方、IL-4刺激によるpSTAT6シグナルやインターフェロンα刺激によるpSTAT1/pSTAT2シグナルの増強は限定的でした。これらの結果から、本変異はすべてのJAK介在シグナルを均等に増強するのではなく、主にインターフェロンγシグナルを選択的に増強することが示されました。
患者に対してJAK阻害剤による治療を開始したところ、5か月後に脱毛症の寛解が達成され、皮膚に関しても改善が認められました。父親においても治療により皮膚所見の改善と発毛が確認されました。
血清サイトカイン解析では、治療前に上昇していたインターフェロンγおよびインターフェロン関連分子が、JAK阻害剤治療後に減少することが確認されました。また、患者リンパ芽球細胞株のRNAシーケンス解析では、インターフェロン刺激遺伝子群の発現上昇が認められ、本変異の機能獲得型の性質を裏付ける結果となりました。
発表論文情報
論文タイトル:JAK1 gain-of-function variant causes alopecia areata, atopic dermatitis, and autoimmune thyroid disease
雑誌名 Journal of Allergy and Clinical Immunology
著者:藤多 慧1,2), 樺島 重憲3), 柳 久美子4), 豊國 賢治3), 吉田 和恵3,5), 宮地 裕美子3), 高田 修治6), 本村 健一郎1), 溜 雅人1), 中﨑 寿隆1), 林 優佳1), 長野 直子1), 内山 徹7), 大石 公彦2), 横谷 進8), 義岡 孝子9), 中尾 佳奈子10), 山本 貴和子3), 福家 辰樹3), 堀川 玲子11), 斎藤 博久1), 松原 洋一12), 大矢 幸弘3,13,14), 要 匡4), 松本 健治1), 森田 英明1,3)
所属
1) 国立成育医療研究センター研究所 免疫アレルギー・感染研究部
2) 東京慈恵会医科大学 小児科学講座
3) 国立成育医療研究センター アレルギーセンター
4) 国立成育医療研究センター研究所 ゲノム医療研究部
5) 国立成育医療研究センター 皮膚科
6) 国立成育医療研究センター研究所 システム発生研究部
7) 国立成育医療研究センター研究所 成育遺伝研究部
8) 福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センター
9) 国立成育医療研究センター 病理診断部
10) 国立成育医療研究センター研究所 分子内分泌研究部
11) 国立成育医療研究センター 内分泌・代謝科
12) 国立成育医療研究センター研究所
13) 名古屋市立大学 環境労働衛生学
14) 藤田医科大学 医学部総合アレルギーセンター
DOI:10.1016/j.jaci.2025.09.012
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